台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

飛行機とお酒と夜景が大好きな台湾在住サラリーマン。日々の生活の中で感じた取り留めもないこと、現地在住者ならではの観光情報などについて発信していきたいと思っています。(Twitter: @superflyer2015)

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(台湾は防犯カメラだらけ?)日本人と台湾人の防犯意識の違い。「抑止力」の価値。

皆さんに、問いかけたいことがあります。

 

物騒な世の中


全員に当てはまることがどうかはわかりませんが、海外に住んでいてもやはり日本人は日本人であり、日本の時事ニュースに日本にいた時以上に強い関心を持つようになる人もいます。そして、私もそのうちの一人です。

もうこの段階で、私がなぜ今回こんな記事を書いたのか察していただけるかもしれませんが、最近の日本には本当に暗いニュースが多いですね。

特に被害者が子供の殺人事件に関しては、もう本当にニュース記事を読んでいるだけで胸を抉られるような思いがします。

ただ、悲しむだけ悲しんでそれで終わりではやはり駄目なのだと思います。二度とそういった事件が起きないように、いったい我々に何ができるのか。それを考えるのが大人の義務というものです。

 

監視社会化という選択肢


私は基本的に綺麗事が好きではないので本音を書きますが、日本はもう少し「監視社会化」を進めた方が良いのではないかと思っています。

例えば、子供には常にGPS発信機でも持たせるべきなのかなと。既にそういった商品は簡単に購入が可能ですが、普及はしていません。国が補助金を出して無償配布するくらいでもいいような気がします。

あとは例えば、防犯カメラを徹底的に増やすというのは如何でしょうか。もちろん日本全土を覆うことはできませんが、とにかくどこにいても「見られている」という抑止力にもう少し頼るべきなのではないかと思うのです。

こういった案は一般的には批判されます。ただ、小学校の保護者会の会長が小学生を殺すのが今の日本ですから、もはや理性に訴えかけるだけでは足りないのかなと。もう綺麗事はいいから、本気で子供を守る方向に進むべきだと私は思うわけです。

そもそも、何も悪いことをしていなければ、防犯カメラでいくら撮影されようと何とも思わないはずです。プライバシーがある程度犠牲になるのは、もうこの際仕方がないのかなと。人間が本当にまともなら、殺人事件など本来起こるはずがないわけです。残念ですが、人間なんていう生き物は、所詮その程度だということです。

 

台湾の家の鍵


それでは、私が身を置く台湾社会はどんな感じなのでしょうか。簡単にご紹介したいと思います。

数年前、私が東京から台北に引っ越してきて、まず最初に驚いたのが家の鍵の多さです。現在私は築数十年のボロアパートに住んでいますが、鍵は四つあります。アパートの敷地内に入るための門(実際には、門と呼べるような立派なものではなく、ただの扉です)を開けるための鍵、建物内に入るための鍵、そして、自室に入るための二重扉を開けるための鍵二つです。

鍵も誰もが見たことがあるようなごくごく普通なものではありません。ディンプルキーなのですが、たまたま機会があって鍵屋さんに聞いたところ、かなり特殊な仕様のものだそうです。私が台湾を離れるまでにはもう少し時間がありますから、写真を載せるのは控えますが、左右両面だけではなく、斜めにもディンプルが入っていて、とにかく日本では全く見かけないような形状をしています。台湾製だそうで、ピッキングによる解錠は絶対に不可能だそうです。鍵を無くした場合は、錠前を壊す以外に方法はないのだとか。

もちろん、初めて見た時にはドン引きでしたし、そんなにまで治安が悪いのかと恐怖を感じました。

しかしながら実際の治安は真逆です。台北の治安は極めて良好であり、怖い思いをしたなんていう話は聞いたことがありません。私の勝手な感想ですが、東京の方がはるかに怖いと思います。

では、なぜそんなにまでガチガチに守ろうとするのか、という話になるわけですが、ただの習慣というか文化というか、こちらの人たちからしたら当たり前のことでしかないようです。もっとも、歴史的には数十年間にいろいろとありましたから、その名残もあるのかもしれませんが。同僚に聞いてみたところ、「台湾の鍵が特殊かどうかなんてわからない。でも、ピッキングで開いちゃうような鍵なら鍵としての意味がないよね?」とのこと。ごもっともですよね。

私は過去何度も何度も親に実家の玄関の鍵を換えてくれとお願いしているのですが、「そんな必要ないでしょ」といつも軽くあしらわれます。これが日本人の防犯意識です。

 

台湾は監視カメラだらけ?


次に私が台湾に移ってきて驚いたのは、とにかく防犯カメラの数が多いことです。

先ほど撮影してきたのですが、例えば、路線バスの車内には必ず設置されています。

 

台湾の防犯カメラ


車両にも依りますが、複数設置されていて、車内のどこにいても映るようになっていることが多いです。

次に、台北メトロ(MRT)です。旅行者にも特に馴染みの深い公共交通機関なわけですが、全車両についています。

 

台湾の防犯カメラ


日本では痴漢冤罪が度々深刻な問題になっているようですが、それでもまだ防犯カメラをつけようとはしませんよね。日本人はもう少し「抑止力」について真面目に考えるべきなのではないでしょうか。

少し話が脱線しますが、私は男ですし、台北に移る前には東京で毎日満員電車に揺られていましたから、この痴漢冤罪については非常に胸糞悪く思っています。なんで男ばかりがわけのわからない深刻なリスクを負わなければならないのだろうとずっと疑問を感じ続けていましたし、女性は同じ車両に乗って来ないでほしいと本気で思っていました。とりあえず、どうしても防犯カメラを設置するのが嫌なら、男女で車両を完全に分けてほしいです。

話を戻しますが、そんなわけで、台北では安心して公共交通機関を利用することができます。

もう一つ特記すべき例としては、やはり保育所ですね。全部かどうかはわかりませんが、子供達が過ごす室内にはwebカメラが設置されていて、親はいつでもスマートフォンで子供の様子を確認することができるようになっているところが多いようです。学校の先生ですら信じられないような時代ですから、こういうのはやはりあった方が親としては安心ですね。保育士さんはストレスを感じるかもしれませんが、まともに仕事さえしていれば何の問題もないはずですし、台湾では保育士さんの給料は高めに設定されています。保育所に預けるのにすごくお金がかかるから、、、という理由で核家族化が進まないのが台湾社会の特徴の一つですが、それについては機会があったらまたどこかで書きたいと思います。

 

「抑止力」の価値


なんだかんだ言って、日本にはまだまだ「性善説」が根強く残っているのかもしれません。私だってもちろん、それが本質であったらいいなとは思いますけれどね。

皆さんも自分の胸に手を当てて過去の行いを思い出していただきたいのですが、生きていれば、なかなか綺麗なままではいられませんよね。そもそも資本主義社会なんていうのは徹底的に競争を煽ることで成り立っている側面がありますから、「他人の不幸は蜜の味」なんていう私が最も嫌っている日本語表現を完全に否定するのは容易ではないわけです。

本日(4月15日)は北朝鮮では重要な日なわけですが、ネット上には「今度こそ撃ってくるか!? ヤバい、ワクワクしてきた!」なんていう記述が散在しています。別の例を挙げると、インターネット上にはまだまだ未成年のポルノが溢れているようですし、未成年が性の対象として描かれた同人誌の即売会には悍ましいほどの数の若者が押し寄せます。中学生や高校生のアイドルなんかも当たり前のように存在しますし、握手会などと言って肌を触れ合わせることすらさせています。

何が言いたいのかと言うと、もうこれほどまでに社会や人が歪んでしまったら、多少強引な方法も自然と許容されるのではないかということです。要は、例えば、プライバシーをある程度犠牲にするのももう仕方ないのでは、、、と私は思うわけです。

「台湾ではバスの車内にも地下鉄の車内にも防犯カメラが設置されている」なんて聞いたら、おそらく多くの日本人は「そんな社会嫌だな」と思うことでしょう。防犯カメラはあくまで一つの例ですが、そういうことをせずに治安や風紀を守るのが理想なのは言うまでもありません。ただもう、日本人はそろそろ綺麗事を捨てるべきだと思います。刑罰も軽過ぎますから、人を殺した者は無条件に死刑にすればよいと思いますし、強姦魔は去勢すべきでしょう。日本には「人権」について叫ぶ声のデカい人が多いけれど、「他人の人権を奪う者に人権など存在しない」と私は信じています。自分の家族を殺されなければわからない、自分の娘がレイプされなければわからない、そういう人が多過ぎるような気がします。私は自分の家族が傷つけられるのなんてまっぴらごめんです。

私は、守るものがある状態とない状態を両方経験しています。だから特によくわかるような気がするのですが、人間なら誰でも、自暴自棄になりそうになる瞬間が必ず訪れます。例えば、生きていれば、憎くて憎くて仕方ない奴に出会うこともあります。私にだって、そういう人間がいます。今でも憎い。本当に憎い。でも、私は彼を攻撃しません。なぜかと問われたら、上手くは答えられないけれど、多分、私の最後の意地なのではないでしょうか。でも、同様のケースで行動を起こしてしまう人もいるだろうなとは思います。相手が一人だったら、場合によっては、10年も我慢すればまた普通の生活が送れますしね。でも、もし「死刑」になることが確実だったら、どうでしょうか。ギリギリのところで思いとどまる人もいるような気がします。

異性に対する衝動に関してだって、私は男ですからやはり経験はあります。でも、強制的に実行しようものなら逮捕されるわけです。未成年に手を出した場合だって罪に問われるわけです。ただ、「失うもの」があまりない人がいるのもまた事実です。刑罰自体は決して重くはありませんしね。でももし、「去勢」が刑罰に入っていたらどうでしょうか。そこまでのリスクをおかしてまでは、、、と思う人は少なくないような気がします。

これらはただの例ですが、我々が真剣に考えなければならない極めて深刻な問題の一部と言えるのではないでしょうか。

現在の世界情勢がわかりやすい例だと思いますが、人間のやっていることなんていうのは、スケールを変えても似たようなものだと私は考えています。我々がこれ以上悲劇を目の当たりにせずに済む方法を考える上で、鍵になるのは「抑止力」だと私は思うのですが、どうでしょうか。

ごちゃごちゃとしたまとまりのない記事になってしまったかもしれませんが、当記事が皆さんにとって何らかのきっかけになることを願いつつ、筆を置くことにします。