台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

飛行機とお酒と夜景が大好きな台湾在住サラリーマン。日々の生活の中で感じた取り留めもないこと、現地在住者ならではの観光情報などについて発信していきたいと思っています。(Twitter: @superflyer2015)

スポンサードリンク

「自殺」に関して最近考えたこと

夜のバス


記事にするのが少し遅くなってしまいましたが、先日台湾で起きたバス事故に関して続報が入りましたのでお伝えしたいと思います。また、今回の件をきっかけに、日本における重大問題の一つでもある「自殺」について考えてみましたので、私の意見を少し書いてみることにします。

 

先日のバス事故は殺人事件でした


7月19日に台湾桃園国際空港の近くでバス”事故”が発生し、台湾人の運転手とガイド、そして中国からの観光客24人の計26人が死亡しました。

 

taiwanlover.hatenablog.com

私はてっきり事故なのだと思っていましたが、最近報道された内容によると、真実は運転手による他の乗客乗員を巻き添えにした自殺だったようで、つまりは運転手による殺人事件だったのです。

なんでも、運転手の男は過去に強制わいせつ罪で有罪判決を受けていて、これに家庭でのストレスなどが重なって自殺を図ったのだとか。ツアーの最中にガソリンを購入し、放火することで自らを含む乗員乗客全員を殺害したそうです。事件当日は飲酒運転をしていたようですから、乗客の立場からしたら極めて危険なバスに乗っていたということになるのではないでしょうか。

犯人の男の家族は既に200万元(約650万円)の保険金を受け取っているそうですが、今後、保険会社や旅行会社、バス会社、被害者の遺族らからの賠償請求を受けることになるだろうとのことです。また、蔡英文総統はこのように真実が判明したことを受けて、遺族に対する支援を約束したそうです。

 

管理人の人生の一片


今回、私の「自殺」に対する考えを少し書いてみたいと思うのですが、その前に私の過去についてほんのちょっとだけ書かせていただきます。

私はとにかく育ちが悪くて、子供の頃からずっと社会の下の方で生きてきました。例えば、小学生の時の友達は片親ばかりで、ある日急に名字が変わったり、急に転校したりする人が何人もいました。これを読んでいるあなたには理解できないかもしれませんが、学校で先生にデカい音がするくらい思いっきり引っ叩かれることも何度もありました。当時の底辺学校というのはそんなものなのです。家に帰れば親からの暴力で、今でも私はカッとなるとまず手が先に出そうになります。もちろん我慢するのですが、「DVを受けた人は子供にも同様のことをする」というのは本当だと思います。それが当人にとっては「普通」なのですから。

中学生になってからは、もうとにかくいじめ、いじめ、いじめ。地元の名士である開業医の息子がいじめっ子のボス。彼は先生の前ではいつもいい子、生徒会の会長にもなって、成績も抜群。でも、裏ではとんでもなくエグいことをやっていました。他には、今はもういないのかもしれませんが、いわゆるヤンキーというのがたくさんいて、もう学校内は荒れに荒れていました。中学生のうちから、◯◯をどこでかっぱらってきたとか、誰が誰とやったとか、そんな話ばかりでした。

高校に進むと、もっと嫌な環境が待っていました。今度のボスは朝鮮人の息子でした。北か南かは知りません。ただ、底辺学校においては悪ければ悪いほどヒーローになったりするものなのです。女の子にはモテまくり、下僕というか舎弟みたいなのもたくさんいました。そういう奴が将来沈んでくれるのなら嬉しいのですが、現実はそうではありません。そいつは3年生になると頻繁に欠席するようになり、特定の科目だけ集中的に勉強し、最終的に慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)のどこかの学部に進学しました。確か総合政策学部だったと思いますが、記憶が曖昧です。ちなみに、中学校でボスだった奴は、高校ではいじめはやめて、いろんな女の子との交際に明け暮れる毎日。最終的には名古屋大学の医学部に進学しました。

私は親との仲が悪く、18の時に家を出ましたから、地元の人たちのその後については正直よく知りません。ただ、◯◯がやらかしたとか、◯◯が飛んだとか、そういう話は時々耳にしました。私が毎回驚いたのは、聞こえてくる名前はかつて真面目で大人しかった連中ばかりだったからです。みなさんは「憎まれっ子世に憚る」という表現をご存知でしょうか。私が大嫌いな日本語表現の一つです。ちなみに、私に散々暴力を振るったある先生も早くに逝ったそうです。独身なのに、なぜか女性と一緒に。

大人になってからの特記事項は「鬱」です。正確に言えば、病院では「社会不安障害」と診断されるケースが多かったです。ちなみに、私自身ではありません。私の周囲の人たちです。社会に出てよくわかりました。こんなにまでメンタルの病気に罹る人が多いということを。毎回私は、病気になった人にはとことん優しくしてきました。その結果、治った人もいるし、今ではもう生きているのかどうかすらわからない人もいます。私には未だに、それらが本当に「病気」だったのかどうかはわかりません。私は今日までいろんな人に「お前は病気だよ」と言われてきましたから、きっと心療内科に行けば何かしらの病名はつくのでしょうし。でも、こうやって普通に生きていますからね。

 

社会が育てる自殺者


ここからが本題ですが、私は基本的に人に迷惑をかけないのであれば、自ら命を絶っても問題ないと思っています。生まれてくる自由がないのだから、せめて最後くらいは自分で決めても問題ないだろうと思うのです。ただし、繰り返しますが、「人に迷惑をかけないのであれば」です。例えば、結果的に心に傷を負ったり、経済的な損失を被る人がいるような環境では、やはり死ぬべきではありません。悲しみやダメージというのは、別の悲しみやダメージを誘起しますからね。かつて、有名なアーティストが自殺して、後追い自殺をするファンがたくさん出ました。そのアーティストの罪は極めて重いと私は考えています。

例えば、今あなたが自ら命を絶ったとして、私が何らかの手段でそれを見聞きしたら、私は心に傷を負います。あなたに会うことは間違いなく今後もないでしょうが、ここで”会えた”のも何かの縁ですしね。ということで、よほどいい条件が揃わないと死ねないわけです。「本当に死のうとしている人には、そんなことを考える余裕はない」なんてことを言う人がいるけれど、私が一番嫌いなのはそういう意味のないことを言う人です。

さて、なぜ私が上の方で自分の過去について少し書いてみたかと言うと、深刻なレベルで最近の日本人が「弱くなっている」と思うからです。暴力や「理不尽」の中で育ってきた私からしたら、みんな極端に弱過ぎるような気がするのです。最近では中高生がいじめを苦にして自殺したニュースなんかをよく見聞きしますが、これ、間違いなく責任は我々大人にあります。子供をひ弱に育てる社会を作ったのは我々なのですから。

子供を叱れない親が増えました。子供を叱れない学校の先生が増えました。ちょっとのことで学校の先生に文句を言うモンスターのような親が増えました。

逆に、共働きで子どもに十分な愛情を注いでいない親も増えました。プライベート優先で、子供に本気で接することを放棄する学校の先生も増えました。学校の先生の役割と親の役割を十分に理解していないモンスターのような親も増えました。

そんな環境で育った子供なんて、なんとか社会人になれたところで、荒波の中でしっかり生き抜いて自らの家庭を築いて次世代にバトンを渡すことなどできないような気がするのです。

日本は相変わらず自殺大国だけれど、その原因は「教育」にあるとしか私には思えません。

もちろん、だからと言って、みんなもっと暴力を振るうべきだとか、いじめられたら仕返しをしよう!なんて言うつもりはないわけですが、現代の世は何でもかんでも「自由」だから、みんなあまりにも「抑圧」に対する免疫が足りないような気がするのです。例えば、「女性はもっと子供を産みましょう」と言うと、ボコボコに叩かれるわけじゃないですか。私はそういう社会は間違っていると思うんですよ。とにかく「自由」が尊重されるべきで、何でもかんでも「平等」であるべき。まあ一見正しいことのように思えるけれど、実際の人間社会はそうではないわけで、理想を追い求め、「正しいステートメント」を固定化することで、結果的に屋台の骨組みの部分がものすごく脆くなってしまっているような気がするんですよね。「自由」や「平等」というのは、それ自体が「基礎」なのではなくて、実際にはもう少し原始的な「何か」の上に存在しているもののように私には思えるのです。

 

最後に


最後に、今回こんな記事を書こうと思ったきっかけを書いて終わろうと思います。

まずは、冒頭で書いた台湾人運転手の自殺の件があまりにも衝撃的だったからです。そんなことされたら、もうどうにもこうにも逃げられませんからね。絶対に起きてはならないことが起きたわけです。

それ以下の内容に関しては、最近の私の経験からきています。身内の一人が小学校の先生をしているのですが、「授業中に注意をしたところ、その後何時間も泣き止まない生徒」や「モンスターペアレンツ」についての話を最近聞きました。最近小中高生に流行っている「LINEいじめ」についていろいろと調べてみました。最近、Yahooニュースのトップに出ていた「いのちの電話」に関する特集記事を読み、関連事項に関していろいろと調べてみました。あとは、女優の高畑淳子氏の息子である高畑裕太という方が強姦事件を起こしたけれど、示談が成立してなぜか不起訴で済んだ、という衝撃的なニュースにも影響を受けています。最近の「親と子」を象徴しているような話に思えます。ということで、そんなこんなで生まれたのが今回の記事です。

様々な要素が絡んだ複雑なテーマについて今回ざっくり書いてしまったので、今後また何かの機会に関連する話を書くかもしれません。

兎にも角にも、書いていて思いましたが、私のような人間には本当にめちゃくちゃ生きづらい世の中になりました。だって、何言っても「間違い」になってしまうんですから。どんなテーマに関しても、「これが正解」というテンプレートのようなものが確立していて、そこから外れるとすぐに罵声が飛んでくる。

だから、ここは私の心のキャンバスです。私が本当に思っていることだけを書く場所。こうやって書いては再考し、書いては再考し、私もまだまだ「答え」を探している最中なのです。