元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

かつて台湾に数年間住んでいた日本人サラリーマンが綴る雑食系台湾ブログ。ご連絡はTwitter(https://twitter.com/superflyer2015)経由でお願いします。

既婚男性へのセクハラ。子持ち男性へのセクハラ。公共の場で平気で下ネタを話す日本人。

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「男性へのセクハラ」と聞いてもピンとこない人が日本には多いのかもしれませんが、こういうことにもぜひ関心を持っていただきたいなと思い、書くことに決めました。

ということで、今回は男性に対するセクハラのお話+ちょっとしたエッセーです。

 

きっかけ


「セクシャルハラスメント(sexual harassment、通称セクハラ)」というのは、要は性的な嫌がらせのことです。ボディータッチのような直接的なものも含みますし、言葉による嫌がらせというか、何らかの発言において意図せずとも相手が不快に感じれば、それはセクハラになります。

 

日本でも広く認知されている言葉ではありますが、一般的には、「男性が女性にする行為」だと思っている人が多いのではないでしょうか。

 

日本でも、よく問題になっていますよね。特に最近だと、バリバリ働いている女性も多いせいか、男性上司が「仕事もいいけれど、そろそろ結婚のことも考えたら?」なんて発言をしてそれがセクハラ扱いになることが多いようです。言うまでもなく、こんなのはセクハラ以外の何物でもありません。一昔前なら、男性上司が女性の部下に、「最近綺麗になったね。お盛んでいいね若者は。」なんていう気持ち悪い発言をすることも普通にあったそうですから、本当に嫌な話だなと思います。

 

そんな中、数年前にある記述をどこかで目にし、私は不思議な感覚を覚えました。それによると、ある独身の上司(女性)が部下の既婚男性に対し、「あら、もう帰るの。いいわね〜新婚さんは忙しくて。」と発言し、その男性は非常に不快に感じたのだとか。近年は「女性の上司」も本当に増えましたから、まあこういった話が出てくるのもごく自然な流れなのかもしれませんが、言うまでもなく、これも明らかなセクハラです。

 

この記憶が引きずり出される経験が先日あり、今回筆をとることに決めました。男性による、既婚子持ち男性へのセクハラのシーンにたまたま遭遇したのです。

 

妻子持ち男性へのセクハラ


某日、某国の大都市の繁華街にあるお洒落なレストランに日本人男性数人が集まりました。全員業界関係者。互いにほとんど面識はないものの、仕事関係で連絡を取り合ったことがきっかけでこの食事会が実現しました。

 

海外ということで、みんな非日常的な雰囲気にどっぷり浸かっていたのでしょうか、お酒も進み、会話の内容は仕事の話からだんだんとプライペートな話へとシフトしていきます。

 

メンバーの年齢はバラバラで、30代前半から50代後半までいました。約半分が既婚者で残りは独身。日本人サラリーマンにありがちなことではありますが、特に30代の数名が女性の話を始めました。この国の女性はああだこうだ、日本の女の子の方が胸は、、、なんて下品な話をし出したわけです。

 

そうこうしているうちに、どうやら会話の流れから、その中の一人が既婚で子供もいるということが判明したらしい。周囲の連中は、彼に対して矢継ぎ早に質問を投げかけます。「いつも生なんですか?」、「どのくらいの頻度でしていてできましたか?」、「この国では誰か抱きました?」等々。その男性は完全に固まってしまい、苦笑いで適当に受け流していましたが、、、もう言いたいことは伝わりましたよね。これはセクハラ以外の何物でもありません。

 

さらに言えば、私は彼の奥さんに会ったことがあり、このことを彼も知っているのです。

 

どうでしょうか。私が言いたいこと、伝わりましたでしょうか?

 

彼の立場になって考えていただきたいのですが、自分の妻と面識のある人が近くの席に座っている状態で、自分の妻と面識のない人から夫婦の夜の営みについて質問されているわけです。こんな居心地の悪い状況、そうそうあるものではないと私は思います。

 

私はもう歳だし、海外で長年一人暮らしを続けている変わり者ですから、既婚者、ましてや子供のいるお父さん連中の気持ちはわかりませんが、自分の配偶者とのセックスの話なんて、普通は誰にもしたくはないのではないでしょうか。そんな情報、言うなればプライペートの極みだと思いますし。

 

ちなみに、酔っ払った50代の既婚子持ち男性がその若者に、「いいか、子供がいたって、嫁さんはしっかり抱いてやれよ!」とアドバイスをしていてドン引きしました。こんなモラルのかけらもないようなオッサンが政府系機関のお偉いさんをやっているわけだから、日本に未来なんてあるわけないよなと。

 

下ネタ大好き日本人男性


長年いろんな国の人たちを見てきて思うわけですが、こと性に関しては、日本人男性は明らかに変です。公共の場で平気でセックスの話をする。

 

例えば欧米人でも、社会的身分の低い人達、高等教育を受けていない人達なんかの中には、下品な人も少なくありません。でも、高いレベルの教育を受けた社会的身分の高い連中の中にはそんな人はいません。私がそういう人とばかり付き合ってきたからだと言えないわけではないのかもしれませんが、それでも、本当に下品な人は一人たりともいませんでした。何でもフランクに話せる白人の友人であっても、例えば、「日本で素敵な夜を過ごしたことがある」等の表現に留めていました。そもそもそれで十分伝わるわけで、それ以上の具体的な話などしてしまった際には、お互いに人間としての品が落ちることを十分理解しているわけです。

 

台湾や中国といった中華圏なら尚更です。ストレートに書けば、親から、結婚するまでは絶対にダメ、と厳しく言い聞かされて育った人なんかもまだまだ多く、性に関する話に嫌悪感を抱く人の割合は日本よりもはるかに高いです。

 

しかしながら、日本人は社会的身分の高い人なんかでも、お酒が入ると公共の場でも平気でそういった話をします。「バリバリ働き、がっつり稼ぎ、ガンガン遊ぶ」、これは大いに結構。ただ、決定的に品がない。欧米人が「人生を楽しむ」と言う時の「enjoy」と、日本人が言う「遊び」の間にものすごく大きなギャップを感じるのです。

 

海外出張の際に現地で接待を受けたり、社員旅行で海外を訪れたりした経験のある方は、今これをお読みになっている人たちの中にもたくさんいるかと思います。日本人男性は数人で群れるとつい羽目を外しがちになってしまう傾向がある気がするので、特に海外を訪れる際などには、「一人一人が外交官」というキャッチフレーズを思い出すべきなのではないでしょうか。

 

と一瞬思いましたが、私のブログの読者さんたちは大丈夫でしょうね。

 

こういう記事を必要な人に届けるというのは、本当にすごく難しいことだったりもするのです。

 

愛を知らない日本人


以下は「おまけ」です。エンターテイメントと割り切ってお読みください。

 

私は女性のことが本当に大好きだし、愛情ほど美しい感情は他にないと思っています。ですから、恋愛や性に関する問題にも関心が高く、これまで様々な持論を綴ってきました。

 

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男から見た「彼氏ができない女性」の特徴 - 元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

 

性教育と経済教育における日本の学校教育の限界 - Cogito ergo sum

 

 

そんな中、当ブログをエロブログにするわけにはいかないので、性に関する具体的な話題は避けてきたわけですが、特に最近、日本人男性の性に関する考え方というか、捉え方には問題があるように思えてなりません。

 

一言で言ってしまえば、どストレートなんですよね。「家かホテルに連れ込む」、「入れる」、「出す」、以上。

 

日本の女性たちは本当に可哀想だなとつくづく思います。

 

原因は明白です。
巷に溢れるポルノ、ポルノ、ポルノ。私だって、10代のうちからエロ本やAV漬けでした。インターネットが使えるようになってからは、モザイクとは無縁の生活。画面の向こうの男は、誰一人としてゴムなんて使っていませんでした。学生時代は18禁のPCゲームにハマり、毎晩狂ったようにプレイしていました。もちろん声優さんのボイス付き。胸だけやたらと成長したあどけない顔の少女が、画面越しに一生懸命奉仕してくれる。一息ついた時にヘッドフォンから聞こえてくるのは、「先輩、責任とってくださいね、、、」の一言。

 

そんな日本で育ったら、誰だって狂ってしまうと思う。

 

こんなオッサンになって、ようやくわかってきた。その一瞬に至る過程にあるのが「愛」であって、自分はそこをすっ飛ばしてきたのだなと。

 

今だったら、家やホテルでパートナーと二人きりになったとして、すぐにベッドに移動するのではなくて、美味しいお茶でも飲みながら、大切な人の美しい姿をゆっくり眺めたり、その優しい声を耳で楽しむことの価値がわかる。

 

今だったら、ベッドに移動しても、すぐに一つになるのではなくて、時間をかけてゆっくり相手の肌に触れたり、髪を撫でたり、ただ静かにくっついていたり、、、そんな過程こそが愛の営みなのだとわかる。

 

今の日本では、性ばかりが前面に押し出され、その前提でなければならないはずの愛が見えなくなってしまっているような気がする。

 

今の日本では、性サービスは簡単にお金で買える。最後までするにしても、2万円もあれば足りる。3日間くらいバイトをすれば誰でも簡単に稼げる額だ。

 

でも、愛は金では買えない。

 

日本人男性は、群れた状態で酒が入ると非常に活き活きと女性について語り出す。自身の過去の「武勇伝」について自ら語り出す人も多い。

 

しかし、私が思うに、単独で女性の前に出た際に、非常に弱々しく頼りない、オドオドした態度の男性も非常に多い。

 

このことは、いったい何を意味するのでしょうか?

 

私が持っている答えはあえて書かないでおきますが、この問題はもっと真面目に議論されるべきなのではないかなと、個人的には思っています。

 

それにしても、こう、何と言うか、北京の寒々しい空を眺めていると、「本当に大切なこと」とか、「物事の本質」といったようなものが見えてきますね。これはこれで、私にとって意味のある時間なのかもしれません。