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台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

飛行機とお酒と夜景が大好きな台湾在住サラリーマン。日々の生活の中で感じた取り留めもないこと、現地在住者ならではの観光情報などについて発信していきたいと思っています。(Twitter: @superflyer2015)

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(性的マイノリティー)台湾にはなぜゲイとレズビアンが多いのか?(LGBT)

一組だけのカップル


昨日、ヤフーのトップニュースに出ていた「同性愛カップルの子育て」に関する記事を読んでいて思ったのですが、そういえば、こっちでは明らかに日本以上の頻度でゲイやレズビアンを目にするんですよね。


私は前々から、性的マイノリティーに関するニュース記事の内容に疑問を持っていたので、この際に私の意見を書いてみたくなりました。

 

台湾にはなぜゲイとレズビアンが多いのか?


「すごくよく見かける」とまでは言いませんが、こっちではそこそこの頻度でゲイやレズビアンのカップルを見かけます。私の主観でしかありませんが、東京と台北を比べたら、台北の方がそういったカップルを見かける機会は明らかに多いような気がします。

いったいなぜなのか?

この問いの答えは、「台湾人は日本人に比べて性的マイノリティーに寛容だから」ではないでしょうか。要は、隠す必要がないから堂々と人前に出られる。その結果、私の目につく確率も高くなる、ということなのかなと。

この国の人たちは、基本的に他人にはあまり関心がありません。自己中心的というわけではなくて、みんな「自分が人生の主役」という至極尤もな認識を持っていて、他人に対して干渉しようという気持ちがすごく弱いようです。例えば、「台湾の女の子は強い」という表現をよく耳にしますが、つまるところ、他者への依存性が相対的に弱くて自己主張が強めなのだと思います。

逆に日本ではどうでしょうか?

日本では、「基準」は自分ではなくて他者により設定されますから、基本的に「多数派が正義」なのだと思います。そこには「道」や「スタンダード」というものがあって、そこから外れると良くも悪くもやたらと注目されることが多いです。

たまに東京に帰って平日の通勤時間帯や帰宅ラッシュの時間帯に電車に乗ると、スーツ姿のサラリーマン軍団の中で私服姿のオッサンである私はかなり浮くんですよね。自意識過剰なのかな、、、と最初は思いましたが、結構ジロジロ見られているような気がするんですよね、、、気のせいですかね、、、

とりあえず、私がゲイだったら、東京の街はパートナーと手を繋いでは絶対に歩けませんよ。女子高生なんかにスマートフォンで写真撮られて、ツイッターとかにアップロードされそうじゃないですか。

その点、こっちでの生活は本当に楽です。日本にいて感じるような同調圧力が皆無なので、とにかく外を歩いていて気が楽です。以前投稿した記事で少し書きましたが、こっちでは、その辺の道端でキスしているカップルやイチャイチャしているカップルを普通に目にします。私のような寂しい人間としては、もちろん「リア充爆発しろ」とは思いますが、それ以外は特に何も思わないし何も感じません。

ということで、同調圧力の有無による違いなのだと思います。正確に数えたら、きっと日本も台湾もゲイやレズビアンの人口比率は変わらないのではないでしょうか。統計データがあるのかどうかはわからないし、私はそんなデータに微塵も関心はありませんが。

 

性的マイノリティーに関するニュース記事に対して感じる気持ち悪さ


まず、目の前にいる人がゲイだろうがレズビアンだろうがニューハーフだろうが、そんなことは個人的にはどうでもいいです。全くもって関心がありません。

ただ、そういった性的マイノリティーに関するニュース記事にだけはいつも疑問というか、言いようのない気持ち悪さみたいなものを感じています。

どの記事も論調は同じ。「マイノリティーに対する理解を深めよう」、「マイノリティーを認め、受け入れる社会を」、「彼ら、彼女らにとっては、これが普通なのです」。

私が毎回思うのは、それが「普通」だったら困るじゃん、ということ。
みんな同性を好きになったら、人類は数十年以内に滅びるわけで、、、

私は自分自身が日本社会の「レール」から外れている人間であり、ある種の社会的マイノリティーです。私にだって自己の承認要求みたいなものがないわけではないし、このブログはそれを満たすためにやっているという側面があるのも事実です。ただ、こういう生き方は絶対に「普通」ではないし、みんなが真似してガンガン海外に出て行ったら、間違いなく日本という国は消滅します。

マイノリティーはマイノリティーでいるべきであり、そういった生き方がさも「ベター」であるかのような文脈は否定されるべきだと私は考えているのです。

当ブログを定期的にチェックされているような方(がいるのかどうかわかりませんが)であればわかるかと思いますが、私は「海外生活楽しいな〜最高だぜ!」みたいなことって一度も書いたことはないはずです。その背景には、上で書いたような考え方があるわけです。

 

否定されるべきは「過剰な同調圧力」だけ


これらの理由から、同調圧力にも少しは「価値」というか「意義」があると私は考えています。マイノリティーを排斥しようという圧力も多少はあっていいと思うわけです。

ただ、もちろんそれが強過ぎてもいけません。「全て認めよう」と言ってしまうと「何でもアリ」になってしまう危険性がありますし、「こうあるべき」というプレッシャーが強過ぎると、多様性が制限されて「萎縮」へと向かいます。

個人的には、今の日本では既に十分なバランスが保たれていると思うのですが、皆さんはどう思いますか?

せっかくだからついでに書いておきますが、関連する話題として、「男女平等を実現するために!」なんて叫ぶ女性は多いけれど、そんなに不平等なんですかね今の日本社会は?

最近の日本人は「得る」ことばかりに執着していて、「与える」ことへの無関心が行き過ぎている、と私は考えているのですが、間違っているのでしょうか?

 

最後に


さて、どうでしょうか。「あ〜なるほど、こいつはこういうことが言いたいのか、、、」と思えましたでしょうか?

私は文章を書くのが下手くそですから、伝わらなかったらそれは私がダメだからです。

もし「あんたは間違ってるよ!」みたいな意見がありましたら、ぜひ気軽にコメント欄にでも書き込んでみてください。最近いろいろと忙しいので、返信ができるかどうかはわかりませんが、よほど腹が立つようなことが書かれていない限り承認することは約束させていただきます。読者間の相互作用を誘起するという面で、価値になるのではないかなと思っているので。