元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

かつて台湾に数年間住んでいた日本人サラリーマンが綴る雑食系台湾ブログ。ご連絡はTwitter(@superflyer2015)経由でお願いします。

スポンサードリンク

現代を生きる日本人に学歴は本当に必要なのか?

f:id:superflyer2015:20180114202636j:plain


昨日今日と日本ではセンター試験が実施されました。さすがに当ブログの読者に高校生はいないでしょうが、受験生のお子さんをお持ちの方、教育機関関係者の皆さんはお疲れ様でした。

 

私には学がないので、こういったテーマについて書くのははっきり言って分不相応なのですが、人生経験だけは普通の人よりもあるような気がしますので、今回は日本における学歴の必要性についてちょっと書いてみたいと思います。

 

一般社会における「価値」


当記事は結論から始めたいと思いますが、学歴なんてそりゃ無いよりもあった方がいいに決まってます。

 

世間というのは冷たいもので、話題にすらならない「当たり前のこと」もしくは「暗黙の了解」というものがいくつかあります。

 

  • お金と時間は多い方が価値がある。
  • 若い人の方が価値がある。
  • 男性なら身長が高い方が価値がある。
  • 女性なら胸が大きい方が価値がある。
  • 学歴は高い方が価値がある。
  • 外国語はできる方が価値がある。
  • プログラミングはできる方が価値がある。
  • 国家資格は持っている方が価値がある。

 

これらというのは、何度多数決を取っても絶対に結果が変わらない事柄であり、まさに一般常識そのものです。ほとんどの人は、これらの項目を少しでも満たすために日々努力をしているわけです。

 

というわけで、「学歴なんて必要ない」なんてことは絶対にありません。たぶん、そういうことを言う人は特別学歴に拘りを持っているタイプの人間です。

 

私がこうやってわざわざ学歴ネタを自ら取り上げる背景にはいったい何があるのでしょうか?
それはもちろん、学歴に関する強いコンプレックスです。

 

ついでに言えば、お金も時間ももっと欲しいし、若い頃に戻りたいし、身長が高ければ女の子にモテたかな、、、なんて思いますし、外国語やプログラミングのスキルも欲しかったし、国家資格を持っている人が本当に羨ましいです。

 

世間なんてのは本当に冷たいものです。

 

二極化する日本人


近年の目紛しいインターネットの発達により、社会の構造は非常に複雑化しました。

 

かつては、医師や公認会計士等の士業に就くのが「最高」、次点で、いい大学を出ていい会社に入ったり公務員になったり、、、といった感じでしたが、最近はこんなに単純ではありません。一言で言えば、「国家資格を持たず、かつ、勤め人ではないけれど十分な収入がある」社会人がものすごく増えました。

 

具体的には、フリーランスのライター、webデザイナー、ITエンジニア、投資家、転売屋、商材屋、ブロガー、ユーチューバー、愛人業等、まあ本当に色々とあります。最後のを除けば、居住地等も関係なく、パソコン1台あれば十分稼げるわけですからすごい時代になったなと思います。

 

私は、こういった人たちのことを「一人で生きていける人」と呼んでいます。そして、今の日本はこういった人たちと、そうでない人たちに完全に二分されるような気がするのです。

 

なので、仮に「学歴が全く必要ない人」というのがいるとしたら、そういった一人で生きていく能力のある人たちなのかなと思うわけです。学歴は社会を生き抜く上である種の武器や鎧のようなものだと思いますが、そういった連中というのは自らのパフォーマンスを売って稼いでいますから、学歴のようなプライベートなスペックは重要ではないわけです。例えば、今これを読んでいらっしゃる皆さんは私の学歴を知らないわけですが、そんなことに関係なく、単純に私の「パフォーマンス」を楽しみにわざわざ当ブログにアクセスしてくださっているわけですし。

 

なので、私に学歴は必要ありません。

 

と言いたいところなのですが、現実はそんなに簡単でもありません。例えば、自室に引き籠もっているブロガーであっても、女の子をデートに誘ったり口説いたりしようと思った際に、相手がこちらの学歴を気にしてくるケースは非常に多いです。「まあ、そんなのどうでもいいじゃん」なんて誤魔化そうとしたものなら、「そういう誠実じゃない人は無理、さようなら」と一瞬でゲームオーバーです。これが現実です。だから、学歴はやっぱりあった方が良いわけです。

 

ちょっとだけ脱線しますが、「相手の学歴なんてどうでもいい」と言う高学歴美女がたまにいますが、そういう連中の「目」は相手の学歴を気にするごく普通の女性たちのそれよりもはるかにシビアです。

 

と言うことでまあ、どんな生き方をするにしても、やっぱり学歴はあった方がいいですね。武器や防具は多い方が良いに決まっています。

 

棍棒と剣


ここからは、「学歴は必要」であることを前提として書きたいと思います。

 

学歴と一言で言っても、猫も杓子も大学に進学する時代ですから、「質」も当然ながら重要になります。学歴が武器だとして、棍棒があれば丸腰の人には勝てるかもしれないけれど、剣とかよく切れる日本刀を持っている者には当然敵いません。もちろん、村正を持ったど素人と棍棒を持った剣豪が対戦すればどちらが勝つかは火を見るよりも明らかですが、現実社会においては本当に戦うことはありません。お互いに相手の武器をチラ見して、「ふ〜ん(笑)」とか心の中で思うだけのもっとすごくいやらしい瞬間があるだけです。

 

と言うことで、皆さん、いい大学に行きましょう。たった10代終わりのちょっとした選択の結果は、その後60年間に渡りあなたに影響を及ぼすわけですから。

 

今回、私が一番言いたかったことを書きますが、仮に今回の入試で失敗したのなら、浪人して来年もう一度チャレンジすることを私は強くお勧めします。1年あれば、凡人の頭脳でもそれなりにまともな大学に入れる程度の入試突破力(”学力”ではない)は身につくはずです。とにかく大学選びに関しては、妥協は絶対にやめておくべきだと私は思います。ショボい大学に行けば、教授陣も学生も職員もみんなショボいです。4年間もあれば恋愛の機会もあるでしょうが、相手もそれなりである可能性が高いです。良いことなんて何一つありません。1年や2年くらい道草食ってもいいから、絶対にある程度まともな大学に進学するべきです。

 

それでは、「ある程度まともな大学」とはどの程度のレベルかという話になるわけですが、個人的には、「偏差値50以上、かつ、誰もが名前を知っている大学」だと考えています。例えば、私は関東の人間ですから関西のことははっきり言ってよくわかりませんが、京都大学や大阪大学、奈良女子大学の存在はもちろん知っていますし、「関関同立」という言葉も知っています。ただ、それ以外の私立大学に関してはおそらく名前を聞いてもわからないような気がします。そういう意味では、「決して偏差値は低くないのに知名度が低い私立大学」よりも「偏差値が低い地方国立大学」の方がコスパは良いのかなとは思います。県名が付いていれば日本人なら誰でもわかりますしね。

 

ですから、別に「浪人してでも一流大学に行くべき」と言いたくてこの記事を書いているわけではないのです。「聞いたこともないような大学に行くくらいなら、浪人してもっとまともな大学に進学するべき」と言いたいだけです。これが、長年社会で揉みくちゃにされて必死に地べたを這いずり回ってきた無学なオジサンからのメッセージです。

 

もう手遅れな方への処方箋


最後に、「えっ、そういうのはもっと早く言ってよ! もうF欄大学に入っちゃったよ!」とか「本当にその通りだよ。もっといい大学を出ていれば俺だって、、、」なんて方もいらっしゃるかと思いますので、ちょっとしたお薬を出しておきましょう。

 

まず、もっと大きな視野を持ちましょう。私は現在海外にいるわけですが、外国人が知っているのなんて東大だけです。当ブログの読者さんの中には台湾好きな方も多いのでしょうが、あなたが知っている台湾の大学名を挙げてみてください。国立台湾大学以外にご存知ですか? では、中国はどうでしょうか。あなたは北京大学以外の大学をご存知ですか? ではでは、アメリカはどうでしょうか。おそらく、ハーバード大学やスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学等、いくつも名前が挙がるのはないでしょうか。オックスフォードやケンブリッジだってみんな名前だけは知っているでしょう。これがグローバルに見た時の教育研究界隈の勢力図です。

 

どうですか?
こういう話を聞けば、少し気が楽になりませんか?

 

少し真面目なことを書けば、仮に友人知人から子供の進学先に関して真面目に相談されたら、私は英語圏の大学への留学を強く勧めます。

 

要は、スケールの問題なわけです。今の日本には、地方で生まれ、生まれた県で80年間を過ごす人もまだまだたくさんいます。そう人にとっては、わざわざ東京に出て行かなくても、地元の公立大学にでも入れば十分なわけです。逆に、どうしても一流企業に入ったり国家公務員になったりしたいのなら、一般的に言うところのいい大学に入る必要があるでしょう。そして、世界規模のトッププレイヤーでありたいと願うのであれば、アメリカかイギリス、もしくはドイツにあるトップ大学に進学するべきです。

 

あなたがどのスケールでの人生を選択するのかは私にはわかりませんが、その選択に正解や不正解が存在しないことだけは確かです。日本人はすぐ学歴でも身長でも胸のサイズでも何でもかんでも「比較」をしようとしますが、もうそういうのはやめた方が良いと思います。そういった営みはあなたに何ももたらしません。

 

ほら、よくいるじゃないですか。居酒屋で毎回大学時代の話ばかりしているオジサン。そういう様を目にすると、私はいつも、日本のサラリーマンというのは寂しい生き物だな、とつくづく思います。そういうただ老いていくだけの置物のことを「社畜」と定義するべきでしょう。しんどい毎日を送りつつも、ギラギラとした目で虎視眈眈と逆転のチャンスを窺っている人も現代にはたくさんいますからね。

 

ということで、まあやっぱり、個人的には学歴なんてどうでもいいかな。学のない私が言うのもあれだけれど、私は別に後悔はしていません。まあもっとも、人生をやり直せるのなら、やっぱり留学とかはしたかったですけれどね。一度でいいから、金髪碧眼の美少女と、、、いや、何でもありません。話がズレてきてしまったのでもうやめますね。

 

筆を置く前に一つだけ大事なことを書いておきますが、私は学生時代よりも社会人になってからの方がはるかにたくさん勉強をしました。数学も英語も政治経済も、とにかく全部です。ですから、18歳や22歳で歩みを止めてしまってはいけません。かつての友人たちを見ていて思うわけですが、努力や自己鍛錬を怠れば、男は25歳くらいでも普通にオッサンになります。女性は28歳くらいからオバサンになります。でも逆に、歩みを止めなければ、男は40歳でも格好良くいられるし、キラキラ輝いているアラフォー女性もたくさんいます。大事なのは、日々目標を持って努力をし、時には自発的に自分に鞭を打ち、自分で自分をしっかり育て続けることです。

 

私は学歴に関してはもうどうしようもありませんが、勉強は今でもできるし、まだまだ自分は成長できると信じています。海外在住ということもあり、日々しんどいことも多いのですが、少しでも綺麗な年の取り方ができるように日々是決戦、もとい、日々自己鍛錬に励みたいと思っています。