元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

飛行機とお酒と夜景が大好きな台湾在住サラリーマン。日々の生活の中で感じた取り留めもないことを綴っています。(Twitter: @superflyer2015)※2017年夏に中国に引っ越しました。(http://chinalover.hatenablog.com/)

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「ニヤニヤ病(失笑恐怖症)」の特徴と治し方

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皆さんは、「ニヤニヤ病(失笑恐怖症)」という病気をご存知ですか?
大事な話なので、最後までお読みいただけると嬉しいです。

 

ニヤニヤ病(失笑恐怖症)とは?


ネット上の情報が錯綜しているだけではなく、これについてよく知らない医師も少なくないようですが、対人恐怖症の一種と考えられているものです。

 

症状としては、「自分の意思に関わらず、顔がにやけてしまう」というものです。第三者からは常にニヤニヤしているように見えるため、「ニヤニヤ病」なんて呼ばれるようですが、「失笑恐怖症」という名前も付いているようです。

 

ただ、自身が過去これに苦しんだ経験があり、現在同僚にこの症状が出ている私としては、前者の呼び方の方が合っていると思います。笑うと言っても、実際のところは普通の笑顔ではなく、「ニタァ」というようないわゆる「にやけ顔」ですし、「失笑の恐怖」から出ている症状でもないと考えているからです。

 

私は医者でも何でもないので、学術的なことなどはわかりませんが、「医者に診てもらったら鬱だと診断されて抗鬱剤を処方され、症状がひどくなった」なんて方もいらっしゃるようですから、少しでもそういった方の参考になればと思い、今回筆を取った次第です。

 

あとは、あまり知られていない話ですが、これで悩んでいる人はそれなりにいるようなので、広く認知されるといいなという願いもあります。

 

ニヤニヤ病との再会


私は仕事の都合で2か月ほど前に中国に引っ越してきたのですが、着任後、職場の同僚たちに挨拶をする際に、一つ気になることがありました。

 

ある社員が、ニヤニヤした顔でこちらを見ていたのです。
私は冗談を言ったわけでも何でもないのに、ニタァっとした顔でこちらをずっと見ているのです。

 

私は当然ながら、顔に米粒でも付いているのかと慌てましたし、そうでないとわかった後は非常に不快に感じました。が、それと同時に、何かゾクゾクする嫌な感覚が込み上げてきました。「もしかして、、、彼は、、、」そう思いました。自分自身すっかり忘れていた昔の記憶が引きずり出された瞬間でした。

 

その日から約2か月が経ったわけですが、やはり間違いなさそうです。当人に確認したわけではありませんが、私は確信しています。自分がそうだったからわかるのです。

 

彼は大学院卒の26歳で、典型的なエリート社員。同じ部署なので当然毎日のように顔を合わせるわけですが、常にニヤニヤしています。毎回同じ表情なのではなくて、常に薄ら笑いを浮かべているような感じで、時々ニタァっとその笑いが大きくなります。

 

ニヤニヤ病の苦しみ


伝わらないと困るのでストレートな表現を使いますが、これに罹っている人のことは、普通の人からは相当気持ち悪く見えるかと思います。あんなものは本当に笑顔でも何でもありませんから。ニヤついているだけであり、人によっては、そんな表情を向けられたら馬鹿にされているように感じるでしょう。そしてまた、ひたすら不快に思うことでしょう。

 

でも、厄介なのは、本人にはどうすることもできないということです。楽しいわけでも何でもないし、相手に対して何らかの感情があるわけでもない。

 

ネットで情報を漁った感じだと、「そもそも自分がにやけ顔になっていることに気付かない」、「他人に指摘されて初めて気付いた」という人も多いようです。

 

私が昔なった時もそんな感じで、「ねえ、いったい何が面白いの?」なんて周囲の人に不快感をあらわにされて初めて気付きました。でも、その後は自分でも何となくわかることが多かったです。ストレスが強くなると、フワァっと勝手に口角が上がって気分が高揚する感じがありました。

 

これになってしまうと、とにかく周囲の人からしたらただの「気持ち悪い人」ですから、本当に大変です。私の場合、特に目上の人と接する際にこの症状が強く出ていたような気がしますし、神経質にならざるを得ない文章校閲作業中に書類に向かってニヤニヤしていることもありました。仕事中以外は家に引き籠もっていたので、在宅時等のことはよくわかりません。

 

原因


やはり医学的なことは門外漢の私にはわかりませんが、個人的には、原因は「ストレス」だと確信しています。

 

私の場合、発症当時は仕事上のストレスが本当に酷かったです。あとは、私は子供の頃に父親から暴力を頻繁に振るわれていたので、そういうのも影響していたのかもしれません。公共のプールで足を払われて頭を水面下に押し付けられて苦しんだ時のこととか、何十年も経ってオッサンになった今でも思い出すくらいですから。

 

それでは、件の同僚はどうなのでしょうか?
私に詳しいことはわかりませんし、本人や周囲の人に聞くつもりもありません。ただ、父親が著名な経営者で、資格取得目的でうちの会社に在籍しており、来年には経済界にデビューするという話は間接的に聞きました。月給4,000元(約68,000円)なのになぜ彼はカルバンクラインの服を着て、コンピューターも他の社員とは異なりMacBook Proなのだろうと当初から不思議に思ってはいましたが、そういうことだったようです。

 

ちなみに、彼の仕事っぷりはすごいです。極めて優秀。特殊な仕事ですから詳細は書けませんが、神経をすり減らすような作業を完璧にこなしています。彼なら、アメリカの一流企業なんかでも普通にやっていけることでしょう。もちろん英語もペラペラです。

 

しかしながら、優秀な者には次から次へと仕事が投げられるものです。上司がまたとにかく急かしまくる。「進捗状況は?」と毎日のように聞くのです。うちの業界では、社員の業績は上司の業績にもなりますし、中国社会というのは本当に極端で、業績によっては翌年の給料が一気に2倍以上になったりすることもあります。彼の頑張りによってその上司の今年の給料はものすごく増えたそうですから、味をしめたのでしょう。もしくは、減俸の可能性も同様にあるため、上司も強いプレッシャーを感じていたのかもしれません。ちなみに、給与変動が異常なのは幹部の話であり、平社員の給料に変化などはありません。

 

そんな職場環境ですから、もうこれは間違いないなと思うわけです。

 

最近の日本では、メンタル系の病気になる人が多いようですが、個人的には、そのほとんどはフェイク(偽物)だと思っています。そして、彼みたいな人が本当の病人だと思うのです。もちろん、優秀な人しか罹らないなんて思っているわけではありませんが。実際問題、私は頭が悪いですし。ただ、「極端に神経質」であることは一つの条件になっているような気がします。

 

治し方


私の場合、数ヶ月間苦しんだ後、会社を辞めたら勝手に治りました。もうだいぶ昔のことなので記憶も曖昧で、いつ症状が消失したのかはよく覚えていません。ただ、人間関係の清算が鍵だったことだけは確かだったと思います。

 

なのでやはり、「ストレスの元を断つ」のが一番効果的なのではないでしょうか。

 

会社を辞めるのが簡単でないのはわかりますが、他に良い案は私には思いつきません。

 

ネットで調べていたところ、「大学受験に失敗して浪人生になったら症状が出た」という人がいることがわかりましたが、受験に成功して大学生活が始まれば治る可能性が高いのではないでしょうか。症状は対外的なものですから、仕事や勉強自体への悪影響は基本的にはないでしょうし。もっとも、医学部等を目指していて、入学試験に面接が含まれている場合なんかは厄介かもしれませんが。

 

ということで、兎にも角にも、環境を大きく変えるなどしてストレスの元を断つことを真剣に検討すべきなのだと思います。

 

上の方でも触れましたが、医師の「誤診」により、抗鬱剤やSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)なんかを処方されて症状が悪化したという人もいるようですから、十分注意なさってください。

 

最後に


とにかく、こういう病気というか、症状が出てしまう人がいるという事実だけ伝われば、今回この記事を書いた価値は十分あったということになるのかなと思っています。

 

最後に、私が思うことを少しだけ書いておこうと思うのですが、メンタル系の病気のほとんどは、要は人間が自ら作り出したものなんですよね。民主主義社会だろうと共産主義だろうと、「競争社会」である限り、こういった病や症状で苦しむ人は無くならないのかもしれません。

 

私は、今後も社会的に偉くはなれないと思いますが、自分もしんどい経験をしたうちの一人として、万に一つでも偉くなれたら、職場環境には最大限気を遣いたいと思っています。お金のために、若者にストレスやプレッシャーを与えまくるなんていうのは愚の骨頂だと私は思うのです。しかしながら、「自分が若かった頃は、、、」なんて物言いをしている愚かな中高年が多い現状を見ていると、未来は暗いなとつい思ってしまいます。

 

ということで、特に今これをお読みになっている私と同じオッサン、オバサン世代へ。
もっと、若い世代を思いやりましょう。
若者たちを批判する前に、彼らのために我々には何ができるのか、それを考えましょうよ。
そうすればきっと、若者たちも将来、同様に次の世代のことを想ってくれるのではないでしょうか。私はそんなことを最近特に強く意識しています。