元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

かつて台湾に数年間住んでいた日本人サラリーマンが綴る雑食系台湾ブログ。ご連絡はTwitter(https://twitter.com/superflyer2015)経由でお願いします。

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発展途上国で現地採用による薄給社畜生活を送ってみてわかったこと

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結局自分は、何を得て、何を失ったのか。

 

最近思うこと


自分も老けたなぁ〜なんて思う今日この頃なのですが、やはり年をとったせいでしょうか、過去を振り返ることが多くなりました。

 

そして、何の気なしについ自分自身に問いかけてしまうのです。

「自分は今日まで、『いい生き方』ができたのだろうか?」と。

 

台湾で何年も暮らし、その後は中国に移ったわけですが、その間私はずっと「現地採用」でした。何か特殊な資格やスキルがあって雇われたわけではなくて、ごくごく普通の会社に自ら履歴書を送って雇ってもらっただけです。本当に極めて一般的なサラリーマンでした。サービス残業がすごく多かったので、現代の日本でポピュラーな表現を使うのであれば、典型的な「社畜」でした。

 

中国はまあ発展途上国ですから仕方ないとして、台湾でのサラリーマン生活も本当に大変でした。何せとにかく賃金が「薄給」という表現では足りないくらい低かったので。

 

ただまあ、そんな生活も今となってはただの昔話です。
当時は生きるのに必死でしたから、ようやく振り返るタイミングがやってきたのかな、なんて思っています。

 

自分は何かを得ることができたのだろうか?
逆に、日本で普通に暮らしていた人たちと比べて、何か失ったものはあったのかな?
そんなことをつい考えてしまうのです。

 

得たもの


まずは、「得たもの」ですが、ゼロではないにせよ、あまりなかったです。

 

日本よりも経済水準の低い国における現地採用、しかも中小企業でしたから、経済面でのメリットは皆無でした。

 

言語に関しても、休日出勤が多くて勉強する時間などなかったので、未だに中国語は全くしゃべれません。私が知っている中国語なんて「你好」、「謝謝」、「做愛」くらいなものです。

 

台湾の女の子と国際結婚した、なんて話はよく聞きますが、私には無縁でした。「言語交換名目で出会うのが一番!」なんて日本人の知り合いからアドバイスをもらいましたが、仕事がとにかく忙しくて、休日に「勉強」する気にどうしてもなれなかったのです。休日はとにかくたっぷり眠って、たまった洗濯物を片付けて、カルフールに買い物に行って、マッサージ屋で2時間くらいしっかり揉んでもらって、早い時間からダラダラお酒を飲む、そんな生活を数年間続けただけでした。

 

そんな生活を送っていましたから、友達もできませんでした。もちろん同僚はいましたし、今でも連絡を取ることは可能です。ただ、想像していただけば分かるでしょうが、私のようないい歳したオジサンが辞めた会社の元同僚に連絡を取る理由なんてそもそも存在しないんですよね。それなりの期間住んで、そこが「ホーム」になったとしても、離れてしまうと案外あっけないものなのだなと。

 

個人的に唯一「得た!」と思えるのは、「日本や日本人を客観的に見ることのできる目」です。これを一時期は特に価値のあることだと思っていて、それを利用して日本や日本人に対してあれこれ意見するような記事を書き、当ブログでも公開してきたわけです。ただ、今振り返ると、「日本下げ」に繋がるような内容のものが多かったんですよね。要は、当時の自身の判断を正当化したいという無意識な欲求というか、深層心理のようなものがあったのかなと。SNSで海外在住日本人のアカウントを見てみると、日本や日本人を批判する内容の記述を非常によく目にしますが、まあそういうものなんですよね。実際に経験してみるとよくわかります。

 

仕事上必要な能力に関しては、まあそれなりに向上した気はしますが、その間日本の会社で働いていたらどうなっていたのかがわからないので、比較はできません。

 

少し細かいことを書くと、「ちょっとやそっとのことでは動じなくなった」というのはあります。台湾は住環境が悪く、たまに停電したり、ブレーカーが故障してお湯が出なくなったり、トイレがよく詰まったりしましたし、中国では事前告知なしの断水というものを何度か経験しました。また、台湾でも中国でも、中国語が話せないせいで相手に不快な顔をされることが何度も何度もありました。当初はその度に凹みましたが、今ではもう何も感じません。

 

ということでまあ、特筆すべきこととしては「精神的に強くなった」という点に尽きるのかもしれません。

 

失ったもの


次に、長く海外で暮らしたことで結果的に「失ったもの」に関してですが、とりあえず真っ先に頭に浮かぶのは「友達」です。

 

SNSを使えば世界のどこにいても誰とでも簡単に連絡を取れる時代ではありますが、それはあくまで若者や女性に当てはまる話でしかないと思います。私みたいなオジサンがFacebookでちょこちょこ連絡したりなどするわけがありません。単に私が古臭い考えなだけかもしれませんし、SNS大好きオジサンも最近では少なくないのかもしれませんが、私には無理でした。

 

台湾在住時、地理的に近かったのでそれなりの頻度では一時帰国をしていました。しかしながら、毎回2泊や3泊程度でしたし、入院中の親戚に会いに行ったり、普段できないような行政手続きをしたり等、用事も少なくなかったのでかつての友人に連絡を取ることはほとんどありませんでした。

 

ただまあ、日本にいたとしても、私のようなタイプの男は加齢に伴って友人は減っていったような気がします。中年で独り身の男性というのは、一般的に孤独になりやすいでしょうしね。

 

個人的に特に「失った」というか、「デメリット」だと感じているのは、「日本社会に馴染めなくなってしまった」ということです。私はもう「察する」ということが全くできなくなってしまいました。台湾でも中国でも、皆意見をはっきりと口にします。はっきりと主張し、交渉することで結果を変えることができるシーンもすごく多いです。ただ、日本人というのはとにかくしゃべらないんですよね。いつも黙ってる。何を考えているのかわからないので、コミュニケーションを取っていて不安になることが多いです。やりたいのかやりなくないのか、それが欲しいのか欲しくないのか、もう全然わからないんですよね。日本人とコミュニケーションを取る際には毎回余計なエネルギーが必要になり、疲れてしまいます。

 

これは人によりますから、一般論だとは思わないでいただきたいのですが、海外に1年か2年程度住んだ日本人の中には、「日本に帰りたい」と言う人が多い気がします。そして、そういった人たちは皆、帰国後に「やっぱり日本が一番」と言うのです。

 

一方、海外で5年や10年住んだ日本人の中には、何らかの理由で日本に完全帰国しても、再び海外に出て行く人が少なくありません。私が思うに、日本社会というのは世界的に見てもかなり特殊なので、一旦「何でもストレートに発言する文化」に慣れてしまうとなかなか馴染めなくなってしまうのではないでしょうか。もっとも、日本の住環境や衛生面、食文化等に関しては言えば、間違いなく世界最高レベルだとは思いますけれどね。

 

ちなみに、これは余談ですが、私が日本での生活で最も不便だと感じているのは「ゴミの分別と曜日指定」です。台北でもゴミの分別はありましたが、日本ほど細かくはありませんでしたし、燃えるゴミは週6日捨てられました。しかも、特定の時間帯に持って行って自分で収集車に投げ入れる方式だったので、ゴミ捨て場に何時間も置きっ放しにする日本のやり方は不衛生だなとつい思ってしまいます。なお、北京では分別の必要がなければゴミ出しの時間にも一切制限はありませんでした。毎日収集車が来ていましたし、どこにでも清掃担当のスタッフさんがいて汚くならないようにしっかりと管理されていました。

 

少し大げさかもしれませんが、私が思うに、外国で同胞と普段接することがなく、母国語を使用することもない生活を5年も続けたら、誰だって「外国人」に変化する気がします。

 

私の場合は5年どころではないわけですが、例えば、日本語に関してもだいぶ能力が落ちた気がします。こうやってブログ記事を書いたり、ネットでニュース記事を読んだりする以外に一切使う機会がなかったわけですが、「使わなければ母国語の能力だって落ちる」という事実にはさすがに驚きました。特に日本語の場合は「敬語」が難しいですね。何段階にもなっているし、二重で使うケースがあったりしてもう本当に難しいなと思います。

 

もっとも、以上のような部分に関しては、これから5年、10年と日本で暮らせばまたごく自然に元に戻るのだろうとは思います。そういった意味では、不可逆的に失ったものというのは特にないのかもしれません。

 

海外に出ることの価値


私は普段、国籍を問わず特に若い人たちには、「若いうちに国外に出ろ! 現地で3年は暮らせ!」なんて口すっぱく言っています。

 

その理由は、以下の2つの価値を現代人として日々痛感しているからです。

 

  1. 英語能力を身につけることの価値
  2. タフな心を持つことの価値


まずは、「英語能力」に関してですが、マイナー言語である日本語が通じる国など海外には存在しませんから、どの国で暮らすにしても、基本的に現地では常に英語でコミュニケーションを取ることになります。最初はものすごくストレスが溜まるかと思いますが、そのストレスは時間の経過と共に必ず軽減します。

 

「中華圏なのに英語?」と思われた方もいるかと思いますが、台北や北京といったような世界的な大都市に存在し、かつ外国人を雇うような会社では当然英語が通じます。というか、社内の英語化を進めるためにあえて外国人を雇っているという側面もあります。もちろん、現地語が話せるに越したことはありませんが、私のような凡人からしたらそんなのはスーパーマンみたいなものです。

 

ということで、上の方ではあえて書きませんでしたが、実は、私が中華圏で長く暮らして得たものの中で最も価値があるのは、間違いなく「英語能力」です。高校英語しか知らなかった偏差値50の凡人を、何とかギリギリ英語で仕事ができる程度まで引き上げてくれた台湾と中国の会社には本当に感謝しています。

 

次に「タフな心」についてですが、これはもう説明するまでもありませんね。外国で生活するのはやはり大変です。特に最初は苦労の連続だと思います。慣れないことばかりでとにかくストレスが溜まりやすいです。月100万円以上貰っているような駐在員でもみんな文句や不満ばかりを口にしているわけですから、私のように発展途上国にて月10万円の給料で現地人と同じ生活をしようものなら発狂してしまうかもしれません。

 

でも、それに耐えることで強靭な精神を手に入れることができます。私は幼い頃によく、戦争経験者の祖父母から「苦労は買ってでもした方がいい」なんて言われたものですが、実際に買ってしてみたところ、ストレス耐性の面ではなかなかのレベルに到達できた気がします。昨年フランスの某地方都市を訪れた際に、「フランスに憧れ留学のため渡仏した日本の女の子が現地のトイレを見てすぐに帰国した」という話の真意を知りましたが、正直私は何も感じませんでした。中国のトイレのヤバさ舐めんなよって話です。「汚さの極み」と「臭さの極み」を知り尽くした私にとっては雑魚過ぎました。もっとも、ごく普通の日本の若い女の子からしたら、そりゃ即帰国したくなるレベルであることは間違いないとは思いましたが。

 

とまあそんなわけで、これはあくまで一例ですが、中国にて薄給の現地採用でしばらく暮らせば、世界中どこでも生きられるようになる気がします。

 

終わりに


人間誰しも自分のことを「わかってもらいたい」という願望を持っているわけで、「同類」を求める傾向にあります。

 

ですから私も普段SNSを利用して「海外在住日本人」のアカウントやブログなんかをチェックすることが多いのですが、「駐在員」とか「駐妻」とか、「現地人と結婚した日本人」とか、そんなのばかりなんですよね。私のように資格もスキルも一切なく、ただ冒険心のみで現地に飛び込んで現地人と完全に同じ水準の生活をしているような独り者の日本人はこれまでにただの一人も見つかりませんでした。それでもうとにかく何か言いたくて仕方なくなってしまい、今回筆をとった次第です。

 

だいぶ長くなってしまったのでもう終わりにしますが、いいですか、皆さん。
絶対にやめておくべきです。私みたいな生き方は。