元台湾在住サラリーマンの徒然なる日々

かつて台湾に数年間住んでいた日本人サラリーマンが綴る雑食系台湾ブログ。ご連絡はTwitter(https://twitter.com/superflyer2015)経由でお願いします。

「トラウマになっている人もいるんです。ブログやSNSで東日本大震災関係の話題に触れることは避けましょう。」

(*今回の記事は台湾とは関係ありません。)


最近ネット上で、ある記述を見つけて驚きました。
各々意見が分かれる話なので、一意見だと思ってお読みいただければと思います。

 

寄付によって作られた防潮堤に対して「あんなもんいらん」


ある人がかなりの額の寄付をしたそうです。
集まった寄付によって防潮堤が作られたそうです。
その土地に住む人が、「あんなもんいらん」と言ったそうです。どうも、その防潮堤のせいで景観が悪くなってしまったそうなのです。
その発言をニュースで知った「寄付をした人」は、寄付したことを後悔したそうです。

ネット上に流れている情報ですから、真偽はわかりません。ですから、本記事上の内容は全て創作だと思って読んでいただければと思います。

とにもかくにも、私が気になったのは、その記述に対して投げられたある意見です。

 

「この時期は静かに過ごしたい。よくわからないようなことで刺激しないで欲しい。」


どうも上に書いたような「寄付をした結果、がっかりした」という書き込みを不快に思った方がいたようです。

「被災者にとっては悲劇であったわけだから、刺激しないでほしい。この時期は静かに過ごしたい。思うのは勝手だけれど、ネット上に書かないでほしい。」

私はこれを読んで、震災後にたいした額ではなかったけれど何度も寄付した自分が馬鹿馬鹿しく思えてきました。もう今後、私は東日本大震災の被災者への寄付等は一切しないことを決めました。自ら自分の首を絞めようとする人を助けたいと思えるほど、私は寛容ではないし、そういった人になりたいとも思ってはいません。

 

インターネットを通して傷つけ合う現代人


どうでしょうか。私の考え。
登場人物は4人です。
一番最初に登場した「寄付をした人」、「防潮堤に文句を言った人」、「寄付をした人を批判した人」、そして、これを書いた「私」。

4人とも、口にしたのはある種の「ヘイト」です。
さて、では、今後ダメージを受けるのは誰でしょうか。
多分、短期的には被災者やその家族ではないでしょうか。中期的には、被災地で暮らす若者たち、及び彼らの子供たちだと思います。そして長期的には、未来の日本人全員ではないでしょうか。
あとは、超短期的には、この記事を読んで不快に思ったあなたです。

インターネットをただの無機質な道具だと思って使用する分には便利なのですが、やはりどんな文章であれ「力」がありますから、時にはグサリと刺さります。
「なるほど。こういう意見もあるのか。」と寛容に受け止めてくれる人ばかりなら問題は起こらないわけですが、私のように簡単に腹を立てる人は決して少なくありませんから、2ちゃんねるだろうがブログだろうがSNSだろうが、書き込んだ内容によっては自分自身や他人の首を間接的に絞めることになったりするわけです。こういうことを書くとすぐ「情報リテラシーが足りない人が多い」なんて言う人がいるけれど、言うは易く行うは難し。特に今回の件なんかは各人の信条も絡むから難しいのです。

 

思い出す必要はないのか?


例えば、私がなぜこんなにイライラしているのかと言うと、「この時期はそっとしておいて欲しい」という意見があまりにも気に食わないからです。
「了解。もうあんたらみたいな連中を相手にするのもめんどくさいから、みんな東日本大震災のことは忘れましょう。津波の映像にも飽きたから、もっと面白い番組に枠を使って欲しい。連中に寄付もする必要もないでしょう。金をドブに捨てたい人はどうぞ〜」なんてつい言いたくなるわけです。

実際のところ、「過去のことを忘れた」人が多かったからあんなにたくさんの人が亡くなったわけですよね。過去にも津波に襲われていて、「ここから先には家を建てるな」って警鐘だって残っていたのに、みんな過去のことをすっかり忘れて家建てて、結果津波で死んじゃいましたって、、、ものすごく馬鹿馬鹿しい話だと思うんですよね、、、
もちろんこれはごく一部にのみ当てはまる話ですが、「過去の事例からしっかり学んでいれば死なずに済んだであろう人がそれなりにいる」という事実は絶対に看過できません。

私の意見として、「自然災害」と「戦争」に関しては絶対に毎年毎年メディアは徹底的に取り上げるべきだと思います。過去を真面目に振り返って、現在と照らし合わせて、未来を想像するべきなのではないでしょうか。
現代人はすっかり戦争のことも忘れてしまっているけれど、我々のすぐ目の前にいくらでもリスクが転がっているのが現実です。IS(イスラム国)や北朝鮮の問題もそうだし、中国による「経済的な浸食」も個人的にはすごく怖いし、「頼れるリーダー候補」が不在のアメリカ大統領選挙も強く懸念されるべき事案です。
日本人は平和ボケしていると言われて久しいけれど、本当にとんでもない話だと思います。

いろいろと人によって意見は分かれますが、とにもかくにも、毎年この日くらいは日本人全員がしっかりとあの日のことを思い出して、明日のことを真面目に考えるべきだと思うのです。

 

防潮堤は本当に必要なのか?


抽象的なことだけ書いて終わっても、なかなか問題提起にはならないでしょうから、防潮堤に関して私の意見を簡単に書いて終わりたいと思います。

個人的には「多分、本当は必要ない」と思っています。
出来上がった防潮堤の映像を見て、ある人が「進撃の巨人みたい」と言っていましたが、そんな国嫌じゃないですか。「景観」って、ある意味その国の象徴だし、文化と密接に絡み合った「先人たちが残してくれた財産」だし、すごく価値のあるものだと思います。
「海岸線から一定の距離の間には特別なリスクがある」ということを、みんながしっかり認識できているのであれば、なくても何とかならないわけではないんじゃないかなと。
どうも個人的には、「言っても理解できない人が多いから、動物みたいに檻で囲むんだ」って言われているような気がしてならないのです。もしくは、「とりあえずこれだけやっておけば文句ないだろ」なんて声かもしれません。

ただ、私が政治家だったら防潮堤は絶対に作ります。
現代の日本人はそこまで利口ではないと思っていますから。